不合理な弟子

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 その人は魔法博士と呼ばれている。
 博士は今日もへんてこな実験に忙しい。


「ハカセ、ハカセ」
 弟子が呼びかける。
「なんだね、オージュレー君」
「今日は何を作っているんですか?」
「自動ページ捲り機だ」
「はあ」
 弟子はため息一つ。
 まったく、ハカセはいつもこんな調子だ。魔法博士と呼ばれているなら、ちょっとはそれらしい働きぶりを見せてくれてもいいのに。そんなだから、近所から変人扱いされるのだ。
「まあ、この前の、履くと早口言葉が言えるようになる股引よりは遥かに便利そうですけどね」
「そうだろう」
 魔法博士は得意げに、分厚い眼鏡をくいっと押し上げた。
「今日のは他人のために作っているものだからね。魔法を使うが、しかしそれは魔法ではないのだよ」
「魔法を使うのに魔法じゃない?」
 弟子が首を傾げる。
「それは、おかしいんじゃありませんか?」
「うむ、おかしい」
 魔法博士は肯いた。
「そもそも魔法は、誰かのために使うものではないのだ。それをこうして他人に使うのだからな。我ながら、矛盾している」
「いや、ハカセ。おかしいと言ったのは、魔法じゃないという言葉に対してなんですが」
 魔法を使うのに魔法じゃないなどとはおかしい。魔法は魔法じゃないか。そうでなければ、ハカセはいったい何を使っているのか。
「おかしいなどとはあるものか。私が魔法じゃないといえば、それは魔法として成り立たないのだ」
「はあ」
 弟子は頭がこんがらがってきた。
「魔法とは不合理であらねばならない。納得してはいけないのだよ。もし誰かのため、何かのために使ってしまったなら、そこには納得が生まれてしまう。そうなったら、それはもはや魔法ではないのだ」
 魔法博士は滔々と謳い上げた。
「よく分かりませんけど」
 本当に分からなかったので、弟子は話題を変えることにした。こんな調子じゃ、魔法を「理解」できるようになる日は……来ないかもしれないけど。
「いったいそれは、誰のために作っているんですか?」
 気にかかっていたのは、そっちだった。魔法博士は途端に気まずそうな表情になる。
「どこかから依頼されたんですか?」
「違う」
 魔法博士はちょっと憮然として首を振る。
「じゃあ、プレゼントですか?」
 魔法博士の白い頬が、見る間もなく赤く染まったので、弟子も憮然となった。
「プ、プレゼントだなんてだね、そ、そんな高尚なものでもないのだよ。……ただ、君が、台所で料理の本を読みながら料理しているのを見て、不便そうだなと思っただけで」
 さっきの勢いはどこへやら。魔法博士がしどろもどろに言う。
「え?」
 弟子は目を瞠った。
「それはつまり……」
「そ、それにだね、もうすぐ、た、誕生日だろう? オージュレー君」
 魔法博士は弟子から顔を背け、分厚い眼鏡を拭く。
「ああ、本当に訳が分からない。私にとっては、君のほうがよっぽど不合理で、魔法らしいよ」
「ハカセ」
 弟子が呼びかける。
 魔法博士は赤い顔のまま、ちらりと弟子を見る。普段は眼鏡の奥に隠された、くりっとした水色の目がはっきり分かる。分厚い眼鏡に大きめの白衣を引きずって歩く、ご近所でも評判の変人が、実はとっても可愛らしいことを知っているのはこの弟子だけ。
 弟子は魔法博士のもとへ近づき、耳元に顔を寄せた。そして囁く。ハカセの名前を。
 魔法博士は首まで真っ赤にした。
「な、名前を呼ぶなとあれほど言っただろう!」
 魔法博士の慌てっぷりに、弟子は微笑した。
「どうしてですか? 僕はハカセの夫でもあるのに」
「それとこれとは、は、話が別なのだよ、オージュレー君」
「その、『オージュレー君』というのもやめてください。あなたは僕の妻でしょう?」
「い、嫌だ! 断固拒否!」
 魔法博士は照れ屋で、頑固なのだ。


 その人は魔法博士と呼ばれている。
 博士は今日も魔法のような弟子に頭を悩ませている。

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